集団的自衛権の行使容認


最終更新:2014年5月2日
 ※「反対派・賛成派の主な主張」を2014年7月7日に一部更新
 ※「ざっくり知る」を2014年7月22日に一部更新

集団的自衛権の行使容認

反対派の主な主張

  • 憲法改正の厳格な手続きが必要
  • 政府に許される解釈の範囲を超えた「解釈改憲」であり、立憲主義に反する
  • 「限定容認」といっても、あいまいな要件であり歯止めがきかない
  • 近隣国との関係が改善されない中では、緊張はかえって高まる
  • 米軍を守るべき状況でも、個別的自衛権で対応できる
  • 戦後日本の「平和主義」方針からの逸脱
  • 海外派兵につながるおそれ

賛成派の主な主張

  • 時代の変化に即した憲法解釈の変更は妥当
  • 従来の見解とも一定の整合性を維持した合理的な範囲内の解釈変更
  • 安全保障情勢が悪化しており日米同盟の抑止力を強化するために必要
  • 集団的自衛権による抑止力の向上によって、武力衝突は起きにくくなる
  • 個別的自衛権の拡大解釈は国際法違反の恐れがある
  • 「積極的平和主義」の具体化には不可欠
  • 一国平和主義は通用しない

ざっくり知る

「集団的自衛権」とは、自国と密接な国が武力攻撃された際に、
自国が攻撃されていなくとも実力をもって阻止する権利のことをいいます。

日本にあてはめれば、同盟国アメリカが攻撃された場合に、
日本が攻撃されていなくとも反撃する権利を意味します。

国連憲章によって各国の固有の権利として認められていますが、
日本は憲法9条の制約によって行使できない、という立場をとってきました。

安倍政権は、北朝鮮の挑発行為や中国の海洋進出など安全保障環境が厳しさを増すなか、
従来の憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権を行使できるようにすることを目指しています。

そして2014年7月1日、「新3要件」のもとで集団的自衛権の行使を認める閣議決定をしました。
今後は、この新たな方針に沿って、安全保障に関連する具体的な法整備が行われていくことになります。

じっくり読む

集団的自衛権とは

国連憲章に明記された「固有の権利」

国連(国際連合)の基本文書である「国連憲章」は、
すべての加盟国に対し武力行使を原則として禁止しています(2条4項)。

そのうえで、侵略行為などがあったとき、
経済制裁などで解決しなかった場合には、
安全保障理事会の決定で武力行使ができるとしています(42条)。

これを、国連による集団安全保障といいます。
つまり、侵略などを行った国に対して、
国連加盟国が団結して制裁を加えるということです。

ただし、この対処方法だけでは、
安保理の決定までに何もできない、ということになっていまいます。

そこで国連憲章は、
加盟国の「個別的自衛権」および「集団的自衛権」を認めました(51条)。

国連憲章 第51条
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。
この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

(※国連広報センターHP 国連憲章テキストより引用)

政府による定義

個別的自衛権と集団的自衛権について、政府は以下のように定義しています。

国際法上、一般に、「個別的自衛権」とは、自国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利をいい、他方、「集団的自衛権」とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利をいうと解されている。
2003年の政府答弁書より)

つまり個別的自衛権とは、
日本が攻撃を加えられた場合に自衛のために武力を行使する権利。

一方の集団的自衛権を日本にあてはめれば、
同盟国であるアメリカが攻撃を受けた際に、
日本が攻撃されていなくとも武力を行使することを意味します。

ここで焦点となるのが、憲法9条との整合性です。

憲法9条の制約で「集団的自衛権は持っているが行使できない」

日本国憲法9条は以下の通りです。

第九条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(※日本国憲法より引用)

この条文はいっさいの武力行使を放棄しているように読めますが、
政府は、自衛のための実力行使までは放棄していないと「解釈」しています。

ただし、憲法9条が許す自衛権の行使は、
「自国を守るために必要最小限度の範囲にとどまる」とし、
集団的自衛権については、行使が認められないという考え方をしてきました。

憲法9条と自衛権をめぐる解釈は、
戦後さまざまな変遷を経て1981年に固まったとされます。
以下が、1981年5月29日の政府答弁です。

国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利を有しているものとされている。
我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されないと考えている。
なお、我が国は、自衛権の行使に当たつては我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することを旨としているのであるから、集団的自衛権の行使が憲法上許されないことによつて不利益が生じるというようなものではない。
(※1981年の政府答弁書より引用)

以上をまとめると、
日本は、国連憲章に明記されている個別的自衛権も集団的自衛権も保有しているものの、
憲法9条の制約によって、集団的自衛権については行使できない、という立場をとってきたのです。

自衛権発動の3要件

以上のように、集団的自衛権を行使できないという立場のもと、
個別的自衛権についても行使には以下の3要件が必要とされてきました。

【自衛権の行使3要件】

  1. 我が国に対する急迫不正の侵害があること
  2. これを排除するために他の適当な手段がないこと
  3. 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
  4. 1985年の政府答弁書より)

つまり、この3要件を満たした場合に、
個別的自衛権については行使できる、というのがこれまでの政府の考え方でした。

集団的自衛権が行使できないことによる影響

日米同盟の「片務性」とアメリカの評価

日本はアメリカとの間で「日米安全保障条約」を結んでおり、
この安保条約に基づいて、日本が攻撃されればアメリカは日本を守るとされています。

しかし、日本は上述のように「集団的自衛権」を行使できないため、
もしもアメリカが他国から攻撃された場合、
日本がアメリカを守ることはできません。
(日本も攻撃されている場合は「個別的自衛権」の行使として対応可能)

この点が、日米同盟の「片務性」と表現されます。
すなわち、万が一の場合にアメリカは日本を守ることになっているのに対して、
日本は同盟国アメリカを守らず、片方(アメリカ)のみ義務を負っているということです。
 ※日本は在日アメリカ軍基地を提供しており「双務」的な関係だという意見もあります。

日本が集団的自衛権を行使できないという立場をとっていることに関して、
アメリカはどう評価しているのでしょうか。

知日派として知られるアーミテージ氏、ナイ氏らが2012年にまとめた報告書では、

Prohibition of collective self-defense is an impediment to the alliance.
「集団的自衛権の禁止は同盟にとって障害物である。」

などと記され、集団的自衛権を行使すべきだとしていました。

有識者会議がまとめた「4類型」

日本が集団的自衛権を行使できないことで具体的にどんな場合に影響が出るのでしょうか?
この議論のベースになってきたのは、
2008年に第1次安倍内閣の有識者会議がまとめた報告書です。

この有識者会議は、安全保障をめぐる国際状況が変化するなか、
集団的自衛権の問題を含め憲法との関係を整理しながら個別具体的なケースについて研究・提言を行ったものです。

報告書では、以下の「4類型」を具体的なケースとして示し、
憲法の解釈を変更することによって、いずれにも対応可能にすべきだと提言しました。

  • ケース① 公海におけるアメリカ軍の艦船の防護
  • ケース② 米国に向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃
  • ケース③ 国際的な平和活動における武器使用「駆けつけ警護」
  • ケース④ 同じ国連PKO等に参加している他国活動に対する後方支援

以下、集団的自衛権の行使が論点となる①と②について考えていきます。
なお、③と④については「集団安全保障」が焦点となります。

ケース① 公海におけるアメリカ軍の艦船の防護

このケースは、共同訓練などで公海上にいて、
自衛隊の艦船が米軍の艦船と近くで行動している場合、
米軍の艦船が攻撃された時に自衛隊が何もしなくていいのか、という問題提起です。

報告書では、こういう場合に米艦を守ることは
「同盟国相互の信頼関係維持のために当然なすべきことであり、また、我が国自身の安全保障に資する」としています。

このケースについて、「個別的自衛権」の適用を拡大して対応できるという主張もありますが、報告書では、
「自衛艦が攻撃されていないにもかかわらず、個別的自衛権の適用を拡大して米艦を防護するということについては、国際法に適合した説明が困難であり、また、政策目標の達成も中途半端なものとなる」
と指摘。

集団的自衛権を行使して、米艦を防護できるように法的立場を整えよ、
というのが報告書の提言です。

ケース② 米国に向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃

このケースはタイトルの通り、
ミサイルが発射されアメリカに向かうかもしれないというときに、
それを日本は迎撃しないのか、という問題提起です。

報告書では、このミサイル迎撃についても、
集団的自衛権の行使によって対応できるようにすべきと提言しました。

ただ、アメリカ本土に向かうミサイルを迎撃する技術は現状ないといい、
「そもそも現実的でないので議論する必要なし」という批判があります。

第2次安倍政権による解釈変更に向けた動き

有識者会議を復活、議論の再開

第1次安倍政権は約1年という短命で終わったため、
上記の有識者会議が報告書を出した時には安倍氏は首相を退き福田政権となっていました。

その後の麻生政権や政権交代後の鳩山、菅、野田政権の下でも、
安全保障をめぐる議論は行われてきましたが、優先課題とされてきませんでした。

しかし、第2次安倍政権が発足すると議論が再び活発化します。
安倍首相は、有識者会議を第1次政権の際とほぼ同じメンバーで再開しました。

また、憲法9条の解釈変更によって集団的自衛権の行使に道を開くことを見据え、
憲法解釈を担当する「内閣法制局」の長官人事で「安倍カラー」を出します。

内閣法制局長官に小松氏を起用

憲法をはじめとする法令について意見をのべたり、立法の際に審査したりする、
内閣の法律顧問のような存在が「内閣法制局」です。

上述のように「集団的自衛権を保有しているが行使できない」とし、
「集団的自衛権の行使を可能にするためには憲法改正が必要」としてきました。

これまで、そのトップは内閣法制局の出身者が内部昇格するのが慣習でしたが、
安倍政権の意向により、外務省出身の小松一郎氏が新長官に任命されます。

小松氏は集団的自衛権の行使容認派で、
安倍政権による、憲法9条の解釈変更に向けた地ならしのための人事でした。

なお、小松長官は健康悪化で2014年5月15日に退任し、その後死去。
後任には内閣法制局次長・横畠氏が昇格しています。

解釈改憲への根強い反発と「限定容認論」浮上

集団的自衛権を行使できるようにするために、
憲法9条の解釈を変更するというやり方に対しては、
自民党の内部からも反対意見がありました。

これまで積み重ねてきた憲法解釈をいち内閣が変更してしまうのは強引すぎる、
きちんと憲法改正のプロセスを経て条文を変更すべきだ、などの意見からです。

そんな中、自民党・高村氏は「限定容認論」を掲げ、自民党内で支持されます。
砂川事件の最高裁判決(1959年)を根拠に、
集団的自衛権の行使は、内容によっては憲法で認められているとする考え方です。

砂川事件判決を根拠とする「限定容認論」

砂川事件とは、1957年に米軍立川基地に立ち入った学生らが逮捕・基礎された事件で、
米軍駐留の合憲性などが問われました。

判決の中で、
憲法9条との関係において日本の自衛権について以下のように言及されています。

同条(編集部注※憲法9条)は、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである
(中略)
わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない
(※砂川事件・最高裁判決より)

このように判決では「自衛権」について「個別的」や「集団的」という区別に言及せずに、
「(自国の平和と安全のために)必要な自衛のための措置」を取ることができるとしていることから、
集団的自衛権についても、内容によっては憲法上も認められるとするのが「限定容認論」の主張です。

この考え方によれば、例えば、
アメリカに行ってアメリカを守るような事例は認められませんが、
安保法制懇で問題提起されたケース➀「公海におけるアメリカ艦船の防護」については、
「(自国の平和と安全のために)必要な自衛のための措置」として行使可能とします。

つまり「限定容認論」とは、
集団的自衛権について、全面的に認めるのではなく、
国を守るために必要最小限な行為と評価できるものに限って、
「限定」的に認めるという考え方なのです。

この立場からは、
集団的自衛権はすべて認められないとしてきた内閣法制局の憲法解釈は、
最高裁判決に照らして、自衛権を制限しすぎた、ということになります。

しかし、
集団的自衛権の解釈が固まる以前の1959年に出された判決であり、
「集団的自衛権を念頭に書かれたものではない」などの批判があります。

アメリカの反応「歓迎、支持」

集団的自衛権の行使に向けた安倍政権の取り組みに対して、
国賓として来日したオバマ大統領は「歓迎し、支持する」と述べました。

米国は,集団的自衛権の行使に関する事項について日本が検討を行っていることを歓迎し,支持する
2014年4月25日発表、日米共同声明より抜粋)

アメリカ大統領による明確な支持により、
憲法解釈の変更に向けた動きが勢いを得ました。

近く出される有識者会議の新たな報告書を受けて、
解釈変更が進められていく見通しとなっています。

主要5紙のスタンス

組み合わせポジション

集団的自衛権の行使を容認するかどうかのスタンスを、
上記ケース①でアメリカ艦船を守るかどうかとの組み合わせで表にすると以下のようになります。

20130525集団的自衛権パワポスライド

このように、5紙は大きく2つのグループに分かれます。

すなわち、集団的自衛権を行使して米艦を守るべきとする読売・産経・日経と、
米艦は守るべきだが、個別的自衛権の延長で対応すべきとする朝日・毎日です。

なお、表の右下は、政策の組み合わせとして考えられません。
また、表の左下は、米艦を守らない=日米同盟を否定するような立場となり、
この立場を表明している主要メディアは見当たりません。

5紙の主張「米艦を守るべき」では一致

朝日・毎日「個別的自衛権の延長で対応せよ」

朝日・毎日は、同盟国アメリカをいざという時に守ることには反対していません。
「現在の解釈の範囲内でも、個別的自衛権の行使の延長としてアメリカを守れる」という主張です。

アメリカが攻撃されている場合に、これを日本への攻撃とみなして、
自国を守るための権利である個別的自衛権の行使として実力を行使します。

ただし、このロジックを適用するには「日本への攻撃とみなす」ことが必要となります。
上記のケース①では共同訓練中であり、米軍への攻撃も日本への攻撃でもある、と言える余地はあるかもしれません。

しかし、ではどんな場合までこのロジックでカバーできるのかが不透明となります。
遠く離れた場所にいる米艦が攻撃された場合に、それを「日本への攻撃とみなす」ことが難しい場合もあるでしょう。

日経・読売・産経「集団的自衛権の行使を容認せよ」

3紙の主張にニュアンスの違いはありますが、
(産経は、行使容認のケースを広げるよう主張)
「集団的自衛権の行使を認めて、万が一の際にはアメリカを守るべき」
という点では共通しています。

有識者会議が提言したように、まずは憲法の「解釈の変更」で集団的自衛権の行使に道を開けと主張しています。

アメリカを守るという結論では一致

このように、集団的自衛権の行使を認めるべきという立場も、否定する立場も、
「同盟国アメリカが攻撃された場合に日本が守るべき」という点では一致しています。

賛否それぞれの立場による相違点は、
アメリカを守るにあたっての法的な理屈づけとして、
「個別的自衛権の拡大」として対応するのか、
それとも「集団的自衛権の行使」として対応するのか、という違いです。

どちらのロジックを採用するかによって日本が活動できる範囲が異なります。

集団的自衛権を行使できるならば、
米軍と活動を共にする際の憲法上の制約が減ります。
だからこそ「米軍主導の紛争にまきこまれる」という懸念の声も生じます。

一方で、集団的自衛権が行使できないという立場を守るならば、
どこまで個別的自衛権の範囲内として行動できるのか議論を深める必要があります。

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13 comments for “集団的自衛権の行使容認

  1. K.Sueno
    2013年9月12日 at 3:36 PM

    集団的自衛権に賛成です。
    「米国主導の戦争に巻き込まれる懸念」はないと思います。
    日本政府が戦争に加担するか、しないかを判断されるでしょう。
    他の同盟国も同様です。

    • Y.I
      2014年5月9日 at 12:02 PM

      反対。
      日本政府は、イラク戦争をいまだに間違っていなかったという立場をとっています。
      このような政府が、集団的自衛権を認めれば、同様のアメリカの侵略戦争に自衛隊が巻き込まれていくことは明らかではないでしょうか。
      アメリカから要請を受けて、今の政府が断るという判断をすることはないでしょう。
      これまでは9条を理由に拒むことができましたが。

  2. T.Adachi
    2013年9月25日 at 2:38 PM

    集団的自衛権に賛成です。それが出来ないなら、日米安保条約を解消せよ!

  3. Alex A. AOKI
    2013年9月25日 at 3:15 PM

    憲法で自衛権が認められているのかどうか明確な答えはない。ある者は、国があり、憲法がある以上、それを外敵から守る自衛権があるのは自明のことという。しかし。憲法第9条は、戦力の不保持と交戦権の否定を明確にしている。これまで、我が国は、解釈合憲でずっとやってきたわけだが、そろそろ限界にきているのではないか。

    私見では、憲法上個別自衛権が認められるなら、国連憲章も認める集団的自衛権も、認められてよいと思う。同盟国のアメリカを守るため、日本が地球の裏側まで行くのか、という人がいるが、極論をしてもはじまらない。歯止めをかける方策は、いくらでもあるはずだ。

  4. 匿名
    2013年11月3日 at 12:52 PM

    第9条 集団的自衛権の行使に賛成します。

    色々悪い噂のある自衛隊です。

    創価学会員が自衛隊内部で組織されており、それらが自衛隊保有の物理学兵器を国民に対し
    秘密裏に悪用しているとの情報が、ネット上で公開されています。
    学会員らで組織された、陸上自衛隊調査部調査課などが電磁波犯罪の犯人だと噂されています。

  5. 匿名
    2013年11月3日 at 12:53 PM

    第9条 集団的自衛権の行使に賛成します。

    色々悪い噂のある自衛隊です。

    創価学会員が自衛隊内部で組織されており、それらが自衛隊保有の物理学兵器を国民に対し
    秘密裏に悪用しているとの情報が、ネット上で公開されています。
    創価学会員らで組織された、陸上自衛隊調査部調査課などが電磁波犯罪の犯人だと噂されています。

  6. T.Kondo
    2013年11月8日 at 10:27 AM

    集団的自衛権に賛成です。
    はわが国の安全保障に資している日米安全保障条約をさらに有効にするためには
    独立国であるわが国が同盟国に対しての集団的自衛権の行使は当然の義務であり,
    日米相互が対等な関係にもなる。
    中国と韓国を除いてアジアににおける日本に対する信頼も高まる。

  7. R.Sakamoto
    2013年11月11日 at 1:31 AM

    片務性と言われますが、日本はアメリカに守ってもらう対価としてアメリカに多額のお金を支払っているので、ギブアンドテイクの関係と言えます。従って、「片務性があるから集団的自衛権を認めるべきだ」と考える必要はありません。

    また、そもそも集団的自衛権を認めることによる日本にとってのメリットはありません。
    集団的自衛権に賛成される方は、「同盟国相互の信頼関係維持のために当然なすべきことであり、また、我が国自身の安全保障に資する」とおっしゃるが、「集団的自衛権を認めたらアメリカは日本を守ってくれるが集団的自衛権を認めなければアメリカは日本を守ってくれない」という根拠はないと思います。

    それに、集団的自衛権容認というメッセージを諸外国に発することは日本国のテロのリスクを高める可能性があります。どれぐらいリスクを高めるかは定かではありませんが。

    防衛問題はこれまで通り専守防衛と日米関係を軸としていけばよく、憲法改正、集団的自衛権行使の容認など、諸外国に緊張を与えるメッセージを発する行動を避けるのがよいと思います。

    この論にも不確定な部分がたくさんあるので、ぜひ様々な意見の方と建設的に議論できればと思います。

  8. あひる
    2013年12月6日 at 6:01 PM

    集団的自衛権に反対です。

    日米安保条約5条によると、アメリカは日本に対する防衛義務を負っていないと表記されています。

    日本でなにか起こった場合→まず、自国で自力で解決する→駄目な場合→アメリカの議会の承認が得られた場合 日本を助けることもできる。

    いまこそ、日本はアメリカから自立するべきです。
    そうでなければ、

    沖縄米軍基地問題
    通商問題
    原発問題

    はいつまでたってもアメリカの言いなりです。

  9. 小林紀興
    2014年1月5日 at 5:48 AM

    集団的自衛権に関する国連憲章の規定は第7章『平和に対する脅威、平和の破壊および侵略行為に対する行動』の中で定められている権利・自由・責任に関する39~51条の中の最後の51条に明記されているだけです。51条に先立って41条(非軍事的処置)には国際紛争が生じた場合、兵力の使用を伴わないいかなる処置をとることができるとあり、42条(軍事的処置)には前項の処置では不十分なときは軍事的処置をとることができる(いずれも要旨)という項目が作られています。つまり、まず平和的解決のためにはいかなる手段をとってもいいが、それでも平和が維持できなくなった時に取りうる軍事的処置として51条(自衛権)が設けられました。したがって国連憲章51条はあくまで自国の防衛、つまり『自衛権』の規定を明確にしたものであり、「個別的自衛権」は当然「自国の安全を守るために必要な軍事力を保有できる権利」を意味し、「集団的自衛権」とは「やはり自国の防衛を自国の軍事力だけでは不十分な場合他の友好国の助けを求めることができる権利」を意味しています。そういう約束を地域ぐるみで行ったのがNATOであり、NATO加盟諸国はそのうちの一国でも他国から軍事的侵害を受けた場合他のNATO加盟国に軍事的支援を要請できる権利があると考えるのが自然です。つまり集団的自衛権は、あくまで自衛のための一手段であり、同盟関係にない友好国が攻撃されたときにしゃしゃり出て軍事的支援をする権利を意味したものではありません。ちなみに日米間家は同盟関係にはなく(日本側はアメリカを同盟国と勝手に位置付けていますが、アメリカは日本を友好国のうちの一つとしか位置づけていません)、日米安保条約の片務性を解消して総務的な関係に変えた時初めて日米は公明国になり、アメリカが攻撃された時、自衛隊が米軍を支援するため軍事的行動をとることになりますが、その場合は「日本が集団的自衛権を行使する」わけではなく「アメリカが保有する固有の権利である集団的自衛権の行使により同盟国の日本に軍事的支援を要求できる権利」のことです。例えばベトナム戦争にアメリカが軍事介入したのは「アメリカの集団的自衛権の行使」ではなく「南ベトナム政府(当時)が行使した集団的自衛権にアメリカが協力した」というのが正確なとらえ方です。どうして曲解した国連憲章解釈にだれも疑問を持たず、いつの間にかマスコミまで含めて広く「定説」にしてしまったんでしょうかね。マスコミは政府の主張をうのみにする体質は昔と全く変わっていない証拠です。

  10. 白川
    2014年5月10日 at 3:51 AM

    ”日米同盟の「片務性」とアメリカの評価”の中で、”日本はアメリカとの間で「日米安全保障条約」を結んでおり、この安保条約に基図いて、日本が攻撃されれば、アメリカは日本を守るとされている。”と書かれています。
    教えてください、安保条約の何条に”日本が攻撃されれば、アメリカは日本を守るとされている。”と書かれているのですか? 安保条約を読んでも何条がこれに当たるのかわかりません。
    安保条約の要諦は、”日本にアメリカ軍基地を置く。”ということであって、アメリカから見ると、”日本を守るのではなく、アメリカ軍基地を守る。”というこではないでしょうか? ひいては、日本を守ることに、つながるのも事実だと思いますが・・・。
    以上のように考えないと、尖閣諸島におけるアメリカの対応は説明できないように思います。”日本が攻撃されれば、アメリカは日本を守る。”ということが、安保条約に明記されているのであれば、オバマ大統領が明言するまでもまく、安保条約の規定にしたがって、当然アメリカは行動をおこすべきではないでしょうか? また、日本も尖閣諸島が安保条約適用範囲なのかどうか、アメリカの意向をうかがう必要もないと思います。
    アメリカは、沖縄のアメリカ軍基地が危険と感じれば安保条約適用として、行動を起こす。しかし、沖縄のアメリカ軍基地が危険と感じなければ安保条約は適用しないとして、行動を起こさない。 つまりアメリカは、”沖縄のアメリカ軍基地が危険になるかどうかを、見極めていた。” そのため、オバマ大統領が明言するまで、時間がかかった、ということではないでしょうか? 

    ”有識者会議がまとめた「4類型」”の”ケース①公海におけるアメリカ軍艦船の防護”についてですが、逆の場合はどうなのでしょうか? 公海上の日本艦船が攻撃された場合、アメリカは自国が攻撃されたものとして、日本と共に行動を起こすのでしょうか? 行動を起こすとしたら、それはいったい何によって担保されているのでしょう? 安保条約何条にそのようなことが書かれているのでしょう? 尖閣諸島ですら、安保条約が適用されるかどうか、当初はっきりしなかったのに、逆の場合、アメリカは日本と共に行動を起こすでしょうか? 場合によっては、「公海上は安保条約は適用しない。」と言うことも考えられるのではないでしょうか?
    逆の場合がはっきりしないのに、日本が当然のように、”公海上におけるアメリカ艦船が攻撃されれば、日本は日本が攻撃されたものとして反撃する。”というのは、たいへん危険だと考えています。 これでは、日本が戦線布告していなくても、アメリカ艦船が攻撃されれば、日本は戦争をすることになるのではないでしょうか?

    私は”安保条約の片務性”とよく言われますが、このことについて、疑問を感じています。 安保条約は”日本にアメリカ軍基地を置く。”ということがその要諦であって、現実に、アメリカ軍基地があり、日本の領海・領域が自由に使え、しかも無償(現在無償ではなく、日本側が金銭を供出していると聞きますが・・)で永久(永久とは安保条約には書かれていませんが・・・)に使える。 これは立派な双務契約だと思います。

    私は今の集団的自衛権には反対です。今日本がすべきことは、日本の領海・領域をアメリカが何と言おうとも独力でも守る意思と決意をはっきりと示すことです。 そして、”日本の領海・領域内の同盟国たるアメリカ艦船が攻撃された場合は、日本が攻撃されたものとして反撃する。”とはっきり示すことだと考えています。(これは個別的自衛権になるのでしょうか?)
    当初はアメリカも不満を示すかもしれませんが、日本の領海・領域内はアメリカは自由に使えるわけですから、アメリカの国益にも十分添うものと考えます。 また、安保条約を日本は必ず守る、決してアメリカを裏切らない、ということを示すことにもなり、かえって信頼を獲得できるのではないでしょうか。 

    それにもう一つ。これは同盟国アメリカ1国に限ることです。決してアメリカの同盟国に自動適用しないことです。
    有事の場合、日本の領海・領域内のアメリカ軍は日本が護衛することになるでしょうが、これは自国の防衛及び安保条約遵守の行動であって、決して戦線布告ではないからです。アメリカ軍にしても日本の領海・領域内はいわば安全地帯であって、このほうがアメリカとっても都合がいいのではないでしょうか。 変に温情をみせ、戦争当事国(アメリカの同盟国)を日本の領海・領域内に入れてしまうと、自国の防衛及び安保条約遵守の行動とはみなされず、攻撃されかねません。これでは日本の領海・領域内はアメリカの安全地帯にはならないからです。 軍隊であろうが、民間であろうが、アメリカ以外は決して日本の領海・領域内には入れない。 万一入って来た場合は警告のうえ、出ない船籍は攻撃する。もしかしたら、アメリカ側から提案してくるかもしれませんが・・・。

  11. binboblues
    2014年5月11日 at 8:47 AM

     国連の言う「集団的自衛権」は、日本に関して言えば在日米軍の存在を否定しないと言うだけのことであって、アメリカ本土が攻撃されていない限り、米軍への軍事協力は「集団的自衛権」の範疇をも超える。
     安倍首相が日米安保体制の片務性を解消したいのであれば、憲法改正や解釈改憲に手を出すのではなく、安保条約を見直して、アメリカ国内にもアメリカを守るための自衛隊基地をアメリカの思いやり予算で設置するという、「対等な日米同盟」で実現すべきである。
     安倍首相の言う意味での「集団的自衛権」などに賛成する新聞があるということ自体、おかしい。国民の支持と財源を失ったアメリカが、無人機攻撃より安上がりな方法として自衛隊を利用しようとしているだけであろう。
     しかし、いったん日本が専守防衛の姿勢を崩して他国を攻撃してしまえば、必ず反撃はわが国に返ってくる。原発への攻撃はいとも容易であることを忘れるべきではない。

  12. 佐野良枝
    2014年5月16日 at 11:39 AM

    集団的自衛権に反対です。
    集団的自衛権だけでなく秘密保護法についても同様ですが、賛否両論どちらにも「利」をあげていけばそれぞれ「理」があると思います。ただ私が反対する理由は「人間はミスをする」この一点です。どれほど限定しようが歯止めとなる論理を並べようが「解釈」によっていくらでも抜け道はあります。ある時点では正しいと思ったことも「完璧」はあり得ません。状況が変わったり、人の考え方や思惑が異なったり変わったりすることは必ず起きます。過去の戦争もそうやって起きたのではないでしょうか。他国を侵略したり国民を害するという明確な目的を持って権力を振りかざす人は論外ですが、良かれと思っても間違いを犯したり、最初は崇高な理念を持っていた人が権力を手にしたことでその心地よさに酔いしれたり判断力が鈍ったりすることは過去にあったことではありませんか。ヒトという生物が「ミスをする」ことを避けられないとしたら、ミスをすることを「当然」のこととして物事への対応を想定すべきではないでしょうか。最善を理想としつつも、ミスをしたときに被害を最小限にとどめておくための「対策」を考えておく。現時点ではそれが「憲法」だと思います。
    そう考えれば、集団的自衛権にどれだけの「利」や「必要性」があったとしても賛成することはできません。

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